17 5月 2019 - 16:50
あなたの知らない「ラマダン」の真実 日没後に無料で食事が振る舞われる深い理由

 5月6日からイスラム教徒が1カ月間、食を断つ「ラマダン」が始まった。日が出ている間は一切の飲食をしないことで知られるが、日没後、はじめてとる食事「イフタール」をご存じだろうか。イスラム文化圏では、街角やモスクや職場で無料の食事が振る舞われ、みんなでイフタールを楽しむことが習慣となっている。もちろん日本の中のイスラムコミュニティーでもいま、各地でイフタールが行われている。これはイスラム教徒ではない日本人でも歓迎してくれるのだ。

まるで万華鏡のような、精緻な文様が天井の高いドームの内側を覆う。左右対称の幾何学的なアラベスク文様は、ドームだけでなく白亜の内壁を彩っている。ステンドグラスから差し込むやわらかな光。日本最大のモスク、東京ジャーミイ(代々木上原)の礼拝堂に立つと、どこか中東の世界遺産を見ているような気がして、東京だということを忘れる。

 夕方の礼拝を終えると、誰もが三々五々、階下に降りていく。1階ホールの前ではいくつもの大鍋を並べて、料理を振る舞っていた。この日のメニューは鶏肉とキノコの煮込み、野菜スープ、パスタ、それにチョコレートのプディングだ。

 トレーにたっぷり盛ってもらいホールに入ると、すでにおおぜいの人々が賑やかにテーブルを囲んでいた。その顔立ちはさまざまだ。東南アジア系、インドや中近東、アフリカの人々……共通点はただひとつ、イスラム教徒であるということ。

 太陽はやっと沈んだ。今日の断食は終わりだ。そしてイスラム教徒がともに寄り添い、同じカマのメシを食う「イフタール」が行われる。一日の空腹と疲れを癒やすように、そしてイスラム教徒同士のつながりを確かめるように、楽しく語らいながら食事をとる。これらはすべて無料で振る舞われている。そして東京ジャーミイでは、イスラム教徒でなくとも、誰でもイフタールに参加することができるのだ。

イスラム暦におけるラマダン月は、「断食(サウム)」の習慣で知られている。イスラム教徒はおよそ1カ月、日が出ている間はいっさいの飲食を断つ(妊婦、子供、病人、旅行者などは別)。

そのぶんイフタールをめいっぱい楽しむのだ。夜になるとあちこちでイフタールが開かれ、無料の食事が供される。互いの家に招待しあって、いつもより豪華で賑やかな食卓をともにする。
 そんな習慣は日本で暮らすイスラム教徒も同様だ。いま日本各地のイスラムコミュニティーでイフタールが行われているが、とりわけ東京ジャーミイは華やぐ。たくさんの来訪者のために、トルコから来たシェフが日替わりで400食を提供する。イスラム文化に興味を持つ日本人も歓迎してくれる(事前にホームページから予約)。イスラム教徒にとっては特別な1カ月であるのだが、どうして断食をするのだろうか。東京ジャーミイの広報で、自らもイスラム教徒である下山茂さんが言う。

「日本人は単に厳しい戒律と思っているかもしれませんが、実はさまざまな意味が込められているのです」

 下山さんが説明してくれたラマダンの意味は大きく次の三つがあるという。

(1)欲望を抑えることを学ぶ1カ月

 近代以降の資本主義は消費を果てしなく迫ってくるが、少し立ち止まってみる。1カ月だけ飲食を制限し、性欲も抑えて、欲を小さくしてみるのだ。我慢と忍耐を覚えて欲望をうまくコントロールするように努めることも人間には必要ではあるまいか。

(2)食に感謝する1カ月

 断食のあとは、まず渇いた喉を一杯の水で潤す。そのおいしいこと。そしてデーツ(ナツメヤシ)を噛みしめる。その甘いこと。きっと、味わうことそのものに感謝をする。食へのありがたさを再認識させてくれるのだ。

 断食を通して食事や命の尊さを知る。これはイスラム教だけでなく、キリスト教やユダヤ教や仏教にもある考え方だ。

(3)心身をリセットする1カ月

「日本の12月に近いでしょうか」と下山さんは言う。一年を振り返り、大掃除をして、新年を迎える準備をする日本の年末。ラマダンのときの断食も同様なのだ。食事を制限して胃腸を休ませる。できるだけ心穏やかに努め、イフタールを通して家族や友人を大切にして、気持ちも新たにする。断食は結果として心身の健康につながるのだ。

そしてラマダン月が明けると、イードというお祭りとなる。着飾って家を訪問しあい、子供たちにプレゼントをして、日本の正月のような雰囲気に包まれる。

「こうしたさまざまな意味が込められているので、断食というよりも仏教用語でいう『斎戒』に近いのではないでしょうか」(下山さん)

 そしてまたイスラム教徒同士が助け合う1カ月でもある。例えば東京ジャーミイでは、イフタールの食費は寄付によって賄われている。トルコ航空やレストランなどの企業や個人がスポンサーをしているのだ。モスクに寄付を持ち寄り、集まったお金を貧しい人や難民に施す習慣もある。人は互いに助け合わなければ生きていけないことに、改めて思いを致すのだ。

 とくに異国で暮らしているイスラム教徒たちにとって、イフタールは大切なイベントだ。都内のIT企業で働くギニア人のバシールさん(28)は、

「日本には1月に来たばかりで、言葉もまだわからないし不安ばかりです。でもここに来れば、イフタールをともにできる仲間もいるし、一人じゃないと思えるんです」

 と笑う。パキスタン人で印刷関連の仕事をしているマンスールさん(22)は、バシールさんと親しげに話していたが、「いまここで会ったばかりなんです。たまたま隣に座ったので。でもこうしてイフタールは知り合いがたくさんできるきっかけにもなります」と言う。

 断食のあとの空腹を満たすという意味もあるけれど、それ以上に、心を埋めにやってくるのだ。その輪の中に、異教徒も入れてくれる。

 そんなイスラム教徒が日本の社会にも増えている。職場や学校や地域に、彼らが隣人として暮らす時代になっている。

 断食をしながら働けるのか心配になるかもしれないが、「疲れるけれど、大丈夫」とバシールさんが言うように、誰もがラマダンには慣れているし、飲食せずに日常生活を送るコツを身につけている。また礼拝で時間を取るときは、そのぶん残業するなど日本社会と折り合いをつけている。こちらがあまり気を使うこともないのだ。

「もしイスラム教徒の習慣に興味を持ったら、どんどん彼らに聞いてみてください。異文化理解の教材にしてほしい」(下山さん)

 ラマダンは6月4日まで続く(月の満ち欠けによってやや前後する)。その間、東京ジャーミイではイフタールを体験することができる。館内の見学はいつでも自由(10~18時開館)だし、週末は下山さんによる無料のガイドツアーも行われる。イスラム文化を知りたいと思ったら、お邪魔してみてはどうだろう。(取材・文/室橋裕和)

代々木上原駅から徒歩5分ほどの場所に立つ東京ジャーミイ。イフタールの予約、見学ツアーの案内などは https://tokyocamii.org/ja/

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